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2016年9月10日

六道神士先生のデスレス最終巻の展開が凄過ぎたので思ったことを書きちらす。


この記事は今後も加筆修正を繰り返して少なくともホーリーブラウニー、エクセルサーガ、アラハバキ、エコーゼオン、サラカエル、アゲハ、カンタンキス、紅殻のパンドラのネタバレを将来的に含むかもしれないので、見たくない方は速やかなブラウザバックをお勧めする。



では最初に頭のわるーいデスレス最終巻の解釈例を挙げてみよう。

主人公にみんなの力が集約されて敵を倒すぞ!

めでたしめでたし!

とても簡単な最終決戦の筋書きである。
間違いない、アラハバキでも見たもんね、俺は詳しいんだ!

…などとのたまうこともできるが、デスレスの11巻と12巻は六道SFらしい、哲学的な展開を見せる。
世界の滅びが回避されたヤッター! ではいつも済まないのが六道漫画である。
むしろ、世界始まったな!

デスレスの事の始まりは、全てを喰らい尽くし星々を渡り歩く「ラゴウ」と呼ばれる星間飛翔体の飛来に端を発する。
全てを喰らい尽くすものたる「ラゴウ」はしかし、地球に飛来したときある事が切欠となり地球に不時着し、機能不全をおこす。
完全に機能を再生して星々を渡り破滅を撒き散らす旅に戻るか、あるいは自壊してしまうことで役目を放棄してしまうか。
「ラゴウ」はどちらかを選びたいところだが、肝心な意思決定機能が破損している。
そのため、人型の小型「ラゴウ」とでも言える夜叉が作り出された。

夜叉は幾つかのアプローチで生まれたが、共通した能力を持つ。
あらゆる存在は、ある個体を存在たらしめる持続力とでも言うべき「時(しだ)」を持っている。
「時(しだ)」を大量に注ぎ込まれたものは若々しい全盛期の姿になり、逆に搾り取られたものは老いて朽ち果てる。
基本的にあらゆる存在はこの「時(しだ)」を時間経過と共に少しずつ放出している。
あるいは「時(しだ)」を放出することそのものが時間の流れなのかもしれない。
そして、夜叉はこの「時(しだ)」を外部から己の裡に取り込んで無限に成長を重ね、いつか「ラゴウ」の意思決定機関になるようになっている。
ちなみに、取り込む存在が自然消滅する寸前でもない限りは、元の存在として切り離すこともできる。

デスレス1巻から暫くは、この「時(しだ)」を自在に操る主人公ミズキ&スザクが重症を負っても死なないし、死者をも生き返らせるという展開で、まさしく「Death Less」、デスがレスしてる、死なない、死がないというタイトルに則しているといえよう。
ただ、最終巻まで読んだらタイトル回収の意味合いがちょっと変わってくる。

ミズキと、彼女の体に同居人となったスザク。
彼女らも夜叉の一種だ。
それも、「ラゴウ」を復活させて外宇宙への旅路を再開させるべく作られた夜叉である。
彼女らと反する存在として、全てを巻き込む形で「ラゴウ」を自壊させて死に至らせるという目的で用意された、精神だけで永遠を生きる存在「ミヅチ」という存在がいる。
ミズキ&スザクがどんな形であれ生き続けることを肯定する。
ミヅチが何もかもが静止して死に絶えた無の境地に至ることを目指している。
両者は対立するが、延寿おじいちゃんに口説かれて生きる喜びを知ってしまったミヅチは最終局面でスザクに破れ、あるいは自主的に与して「ラゴウ」の自死を食い止める側に回るので、結果的には味方になるが。

さて、デスレス最終巻ではなんと地球圏そのものが「ラゴウ」に取り込まれているということが判明する。
今まで人間が暮らしてきたのはお釈迦様の手の平ならぬ「ラゴウ」のお腹の中だったんだね!
より上位の次元の存在が物理的に重なるか重ならないかの状態で常に接していると考えてもいい。
それどころか、あらゆるものが「ラゴウ」を通じて繋がっている状態ですらある。
だから「ラゴウ」が自壊すればそりゃ全部滅びるよね!
またラゴウ番衆が言うには、「ラゴウ」が死んだら何も残らない静謐なる死こと、「静死」状態になるという。
涅槃という言葉も使われているので、仏教用語で言うところの解脱に近い状態になる模様。
ある種救いではるが、後には何も残らない。
そんなことを認めるスザクではなかった。
スザクは歩いてきた道程と、その先にあるものの両方を大切にしている。
たとえ永遠に限りなく近いほどに長く生きる中で、自分が記憶を取り零して磨耗した精神が忘却の淵に沈んでも。
道行の仲間と過ごした時間はかけがえのないものだから、その続きを失わせてはならないと足掻く。
足掻く。
生き足掻く。
その原動力がどこから来たのか、それはミズキに求められよう。

というのも、自然発生した夜叉である不空・不二を取り込んだミズキは、「時(しだ)」を使っての瞬間移動をさらに発展させて時間移動さえ可能にしてしまった。
ミズキが時間移動を決意したのは簡単である、かつて「ラゴウ」が飛来したときにそのままだと世界が滅びる事を知ってしまったから。
その為ミズキは時間移動して「ラゴウ」を迎撃し世界を滅びから救い、現在に至るまでの世界を守ったのだった。
しかしそのとき大量の「時(しだ)」を消耗してしまったのか再度の時間移動は出来ず、ただただ月日が経つのに任せてスザクとの再会をミズキは待ち続けた。
待った。
その間に崇め奉られ放蕩の限りを尽くしたこともあった。
その間に殺戮の限りを尽くしたこともあった。
何の為に生まれて、何をして生きるのか、分からなくなっても、ひたすら待ち続けた。
そしてミズキはスザクが生まれる瞬間に立ち会うことになった。
そう、何ということはない、ミズキの精神が死に、その体にスザクという精神が生まれただけのこと。
ミズキは自分が精神的に死なないと今に繋がる未来が来ないことを知っていたのだ。

そのことをミズキが遺した伝言から読み取り、また思い出したスザクは、同居人にして過去の自分であり友人でもあったミズキの為に、
そしてかつて愛した男から教わった大事な事の為に、あらゆるものが生き続ける世界の存続の為、戦う。

そして「ラゴウ」と一体になり主導権を握ったスザクは、地球圏の全てをその身に抱えながらもずっと生きていく事を決意する。
「ラゴウ」番衆を蹴散らし平和が訪れたかに見えたが、「ラゴウ」の力を求める来訪者が絶えない。
そんなとき、永遠に付き従うのは難しくとも、一時の介添人を果たす少数の共柄がいれば、この先の未来孤独や絶望が待ち受けていても、それでも生きていけると、スザクは、ミズキは思うのだった。


…この清涼感溢れる終わり方よ!
最高だろ!
スザクは涅槃を、死を否定した。
地球圏を取り込んでる「ラゴウ」を通じてあらゆるものがミズキに繋がっているので、誰も孤独じゃないどころか循環し続ける輪廻転生状態を継続する。
誰も静死しない、すなわち、デスレス。

生きるのは苦しみばかりじゃなく喜びの為にあるんだっていう、六道先生のメッセージだと思ったね。



総括するとデスレスは地球圏規模の輪廻転生肯定の物語だった。
他の六道作品と比較するとスケールが割と大きめだろうか。
悠久の時間を過ごすことで精神的に壊れていく存在は他の六道作品にもそこそこ出てくる。

一番スケールの大きいホーリーブラウニーは、宇宙規模の平行世界で精神が磨耗して狂う程の時を二人の妖精が旅をし続ける話だった。
「感じ方の変化の量を、懐かしさと呼ぶんじゃないかな」
というフィオの科白は、六道作品全体に漂うどこかノスタルジックな雰囲気をよく表してると思う。

エクセルサーガはだいたい福岡県福岡市近辺の話だが、デスレスと比較できる要素が幾つかある。
イルパラッツォは悠久の時間を過ごしてただ何かに飽きたことしか覚えておらず、それをなんとかしようと足掻いていた。
作中で明言はされていないが、ホーリーブラウニーのピオラが磨耗した結果壊れて、もしかしたらエクセルサーガのイルパラッツォに憑依していたかもしれない。
エクセルは時として記憶を失ったり、自分でない自分のことで悩んだり、貧乏生活に苦労したり、穴に落とされたり、(前作で犯されたり、)それでも敬愛するイルパラッツォの世界征服の為に働き続けた。
岩田は生身を失い、最愛の美咲の為に彼も記憶を失ってすらも戦い続けた。
渡辺は惚れた女に忘れられたとしても愛の為に生きた。
また、惚れた女の子が出会ったときのままの姿で永遠にそのままでいてくれるよう時間の「静止」を願った四王寺教授という、それでも死を望んだりはせずにむしろ技術力でどうにかしようと頑張ったカッコいい変態もいる。
蒲腐は爆発の為に生きた。
アニメの大宇宙の意思ちゃんは、ナベシン監督と共に六道先生を困惑の渦に叩き落としつつも笑いを提供し続けた。
どいつも生きることを諦めない。

アゲハは無数の狂った平行世界の中で彼女が死なない世界へたどり着こうと頑張る少年の話だった。

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